灼熱の関西万博は日影もなく、パビリオンは長蛇の列、まさに人生の修行の場です。2万歩歩いて何を得た?体験者が語る本音

4 The Art Of Useless Stories(読んでもためにならない話)

😏 私
「晴天の関西万博に行ってきました。……いや、晴天などという生易しいものではありません。正しくは“直射日光の無慈悲な集中攻撃”の中に突入してしまった、であります。入場前の行列で早くも30度を突破。私の額からは滝のように汗が流れ落ち、待機列のアスファルトは焼きそば鉄板のように輝いている。そんななかで私は、軽率かつ無計画に履いてきたビーチサンダルを、この上なく頼もしく感じていた。靴など履いていたら、足の裏ごと焼かれて“歩く炭火焼”と化したに違いない」

💬 ランディ君
「2025年夏の大阪では、熱中症搬送者数が1日100人を超えるケースもあります。会場周辺は遮蔽物が少ないため危険度が高いとされております」

😏 私
「数字を出されるまでもなく、すでにグロッキーである。入場しても、そこは灼熱の蜃気楼。人々は陽炎のなかをふらふらと歩きながら、それでも目的のパビリオンへと進んでいく。私は彼らを“砂漠で蜃気楼の湖に向かうキャラバン”のように眺めつつ、自分もその一員であることを呪った」

😏 私
「そして大阪万博のシンボル、大屋根リング。巨大な円環がドーンとそびえている。『おお、これぞ未来都市の象徴!』と感動するべき場面のはずなのに、見上げた瞬間に浮かんだ感想はただひとつ――“日陰にならん”。そもそもシンボルというのは、えてして役に立たぬものである。だがここまで実用性がないと、もはや立派な芸術である」
最初に向かったのは今回の目当てのイタリア館
しかし、そこには想像を超える長蛇の列があった。

💬 ランディ君
「人気のイタリア館は平均待ち時間4時間以上です。抽選予約は競争倍率が30倍を超える日もあります」

😏 私
「もちろん私は抽選に敗れた。人生の抽選には昔から縁がない。宝くじも当たらなければ、給食のプリン争奪ジャンケンでも敗北を喫してきた。だからといって、イタリア館の列に並ぶ勇気など私にはない。四時間待つくらいなら、四時間寝ていた方がはるかに建設的である」

😏 私
「仕方なく、比較的空いているパビリオンをいくつか回ることにした。無駄にスタンプラリーをこなす小学生のように、あっちへふらふら、こっちへふらふら。気づけば夕方、歩数計は2万歩を突破し、私の両脚は棒のように固まり、心は湿った雑巾のように絞られていた。大屋根の上は日影が全くないので、日が沈んでから歩こうと思ったが、日没後も熱い空気は体をつつみ、疲労困憊のわが身は、とても屋上のリング2キロを歩く力は残っていなかった。」

😏 私
「最後の望みはビールであった。冷たい黄金の泡が、喉を潤すはずだった。だが現実に待っていたのは、グラス一杯1,000円という修行僧の戒律のような値段。外でなら300円で飲めるのに、ここでは倍どころか三倍。財布を取り出す手が震え、私は静かに財布を戻した。食事も2,000円からと知った時には、舌が勝手に『南無阿弥陀仏』と唱えていた」

😏 私
「こうして私の万博体験は、パビリオンを見た記憶よりも、太陽と値札に打ちのめされた記憶ばかりが残った。観光というより修行。未来都市を夢見るどころか、己の体力と財力の限界を悟る場となったのである」


まとめ

  • 入場前から灼熱、ビーチサンダルだけが友
  • 大屋根リングは立派だが日陰効果少ない
  • 人気館は予約全滅、待ち時間の長さに並ぶ気力もなし
  • 2万歩歩き、体力は崩壊
  • ビールは1杯1,000円、財布まで干からびた
  • 結論:万博は未来ではなく修行の場だった

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