相撲中継まで止めて地震速報?(“報道の使命”と“視聴者の慣れ”を考える)

4 The Art Of Useless Stories(読んでもためにならない話)

日曜夕方の静かな異変

😏
曜の夕方、NHK総合で相撲を見ていた。
17時過ぎ、取組も佳境に入る頃、突然、地震速報のテロップが出て画面が変わった。
「地震が発生しました。震源は東北地方──」
一瞬、部屋が静まり返ったが、東京の我が家はまったく揺れない。
カーテンも、湯呑みの水面もピクリともしない。

それでも画面の向こうは慌ただしい。アナウンサーが同じ言葉を繰り返し、気象庁の会見へ。
結局、その後の相撲は打ち切り。続くニュースも、20時の大河ドラマまで地震関連一色になった。


災害報道は必要だが、全国一律で流す意味はあるのか?

😏
「もちろん、災害報道は必要だ。でも、全国一律で“同じ画面”を流し続ける必要があるのだろうか?」

今回の震源は岩手県沖。津波注意報は一部の沿岸地域に限られ、被害もほとんどなかったようだ。
民放各局はテロップで注意喚起を出しつつ、通常番組を続けていた。
一方、NHKは完全に地震モード。相撲もニュースも、すべて消えた。

💬 ランディ君
「NHKは“全国の公共放送”として、災害時は速報を最優先する規定になっています。
 視聴者の安全を守るため、統一的対応なのです」

😏
「それは理解できる。でも、今はデータ放送もサブ画面もある。
 “速報を出しつつ放送を続ける”ことだって技術的には可能だろう。
 『緊急』の定義を見直す時期に来ているのではないか。」


情報の出し方もアップデートが必要では?

😏
地震速報を“全面表示”する報道スタイルは、昭和の名残だと思う。
みんなが一斉にテレビの前に集まり、ひとつの画面を共有する。
しかし今は、スマホに速報が届き、詳細は自分で選ぶ時代だ。

💬 ランディ君
「つまり、“報道のあり方”も個別最適化の時代へ、ということですね」

😏
「そう。被災地の人には即時情報を、関係の薄い地域には要約だけ。
 本来、NHKが持つ全国ネットの技術力なら、それくらいできるはずだ。
 なのに、なぜか毎回、全員が同じ画面を見る。
 結果として、“誰のための報道なのか”がぼやけてしまう。」


オオカミ少年の危険性(過剰な速報がもたらす慣れ)

😏
私が一番気になるのは、“慣れ”だ。
何度も繰り返される同じ速報、同じ会見、同じ映像。
それを見ているうちに、視聴者の感覚が麻痺してしまう。
「どうせまた大したことないんだろう」と思った瞬間、
本当に大きな災害が来た時、注意を払わなくなる。

💬 ランディ君
「情報の過多が、注意力を鈍らせる……つまり、“オオカミ少年化”ですね」

😏
「そう。あの童話が教えているのは、“嘘をつくな”ではなく、“聞き手の信頼は有限だ”ということだ。
災害報道も同じ。毎回同じトーンで“緊急です”を繰り返していれば、
いざ本当に危ない時に、視聴者の反応が遅れる可能性がある。」


“報道の使命”の次に来るもの(情報伝達の進化)

😏
災害のたびに繰り返される全国一斉報道。
その使命感は尊いが、同時に“伝える方法”の見直しも必要だと思う。
速報を画面の一部に表示し、詳細はリモコンで切り替える。
あるいは、地域別に情報量を変える。
そんな仕組みを考えることも、現代の“防災”の一部ではないだろうか。

💬 ランディ君
「つまり、“正確さ”よりも“伝え方”の進化が重要、ということですね」

😏
「そう。オオカミが来た時、ちゃんと耳を傾けられるように。
そして、相撲の勝敗くらいは、サブ画面でそっと教えてほしいものだ。」


まとめ(報道の未来に求められるもの)

  • 災害報道は大切だが、全国一律で同じ内容を流す時代ではない
  • 情報技術を活かし、“速報と日常の両立”を目指すべき
  • 同じ速報の繰り返しは、視聴者の感覚を鈍らせる「オオカミ少年」現象を生む
  • 防災の未来は、“正確さ”と同じくらい“伝え方の進化”にもある

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