CMは本当に無駄なのか?(タイパ信仰が経営判断を鈍らせる理由)

2 経営を取り巻くお金の話

😏
最近、私はサブスク動画を見るたびに、妙な二択を突きつけられている気分になる。
CMを見るか。
それとも金を払ってCMを消すか。

まるで
「待つのが嫌なら金を出せ」
と言われているようで、胃のあたりが少し重くなる。

忙しいのかと聞かれれば、正直そこまでではない。
だが「無駄な時間を過ごしている」と感じさせられるのは、どうにも耐えがたい。
CMとは、いつから“無駄”という棚に放り込まれたのだろうか。


広告付きプランが突きつける二択構造

💬 ランディ君
現在のサブスクリプション型動画配信サービスでは、
広告付き低価格プランと、広告なし高価格プランの二層構造が一般的です。
例えばNetflixでは、広告付きプランは広告なしプランより月額数百円安く設定されています。

これは
時間をコストとして支払うか、
金銭を支払うか、
という選択を意味します。

出典:Netflix公式プラン説明
https://help.netflix.com/ja/node/24926

😏
なるほど。
つまりCMは、堂々と「コスト」として値札を付けられたわけだ。

かつては無料で見られたものが、
今では“我慢料”として計上されている。
これはずいぶんと出世した話なのか、それとも左遷なのか。


タイパという名の免罪符

💬 ランディ君
タイムパフォーマンス、いわゆるタイパは、
Z世代を中心に重視されている概念です。
短時間で最大の成果や満足を得ることが良しとされます。

広告は本編を中断するため、
タイパが悪いと評価されやすいです。

出典:博報堂生活総研「若者の時間意識調査」
https://wwhttps://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/77264/

😏
タイパが悪い。
便利な言葉だ。

これを使えば、
退屈な会議も、
上司の長話も、
全部“切ってよいもの”になる。

だが私は思う。
CMが嫌われているのは、
本当に時間が惜しいからなのか。

タイパ重視の現代人は、私が見る限り、時間はあると思う
SNSは延々見られる
YouTubeは倍速でも見る
無意味なスクロールに時間を溶かす
それでもCMだけが目の敵にされるのは、少し筋が違う気がする。


CMは本当に価値を生まないのか

💬 ランディ君
地上波テレビCMの中には、
CM自体の好感度が高く、
商品よりCMが話題になるケースがあります。

「好きなCMランキング」上位作品は、
番組視聴の動機になることも確認されています。

😏
そう。
私もかつて、番組の内容はほとんど覚えていないが、
CMだけ鮮明に記憶している夜をいくつも持っている。

短く、無駄がなく、妙に完成度が高い。
下手な番組より、よほど誠実だった。

つまり問題は、
CMという形式ではなく、
中身の扱い方なのだ。


コスパ視点で見るCMの正体

💬 ランディ君
視聴者は
時間または金銭を支払い、
体験価値を得ています。

広告が情報提供や娯楽として機能しない場合、
支払った時間に対するリターンがなく、
コスパが悪いと判断されます。

😏
時間を払って、何も返ってこない。
それは確かに割に合わない。

だが、
笑える。
感心する。
誰かに話したくなる。

そうなれば、
CMは“罰ゲーム”から
“短編作品”へと昇格する。


経営に落とし込むと何が見えるか

💬 ランディ君
中小企業経営において、
広告費は削減対象になりやすい項目です。

しかし、
広告を単なるコストと捉えるか、
付加価値創出の投資と捉えるかで、
判断は大きく変わります。

😏
これはCMの話であり、
同時に営業資料の話でもある。

社長の挨拶文。
会社案内。
採用ページ。

これらもまた、
読む側の時間を一方的に消費していないか、
自社の都合だけを並べていないか、
CMと同じ試験台に乗せられている。

忙しいから読まれないのではない。
「読む価値がある」と思わせられないだけだ。


まとめ

  • CMが無駄なのではなく、無駄に作られたCMが嫌われている
  • タイパ・コスパの本質は時間の長さではなく密度
  • 良質なCMは独立したコンテンツとして成立する
  • 視聴者は忙しいのではなく、雑に扱われることを嫌う
  • 中小企業の情報発信も同じ構造に置かれている

😏
結局のところ、人はそれほど忙しくない。
ただ、
つまらないものに人生を削られたくないだけだ。

💬 ランディ君
経営も情報発信も、
時間を奪う行為である以上、
その重さを自覚する必要があります。

😏
その自覚がないうちは、
CMも営業資料も、
静かにスキップされ続けるだろう。

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